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Return to #34 - "Why I don't use a cellphone"

時のおもり

生活感に接していたい  携帯電話を持たない理由

                  中村 桂子 JT生命誌研究館館長

会議を終えた後、数人で久しぶりだから夕飯でも食べようということになり、早速、皆が携帯電話で、今日は夕飯はいらないよと連絡を入れ始めた。私も、夕方には帰るつもりで出てきたので家に連絡しなければならない。私の場合、相手は支度をしてくれるものと思って待っている人たちなのだから、この連絡は不可欠だ。公衆電話を探しに行こうとしたら、すぐに1人が、自分の電話を渡してくれた。使い方がよくわからず、ダイヤルまでしてもらって用事をすませたのだが、今や私の仲間でも-―ということは、かなりの年配の人たちの間でも、携帯電話はあたりまえのものになっている。

それなのに、持たないのは、必要を感じないからの一言に尽きる。道でも駅でもお店でも、携帯電話、携帯電話だ。最近は、声を出している人より、指を動かしている人の方が多いが、何をやっているのだろうと不思議に思っている。

どこにいてもメールのやりとりやインターネットでの情報入手が可能で、こんな便利なものはない。これが使いこなせないと世の中から遅れますよと言われるだろう。最近は、ディジタル・ディバイドなどというカタカタ言葉で脅されるので、多くの人が恐れをなしているのではないだろうか。念のために用語辞典をひくと、「IT革命の進展で、新しい技術を使いこなせる人と使いこなせない人との間に格差が生まれている事態がある。高齢者と若者、先進国と開発途上国の間にみられる」とある。

正直に言って、コンピューターは得意ではない。ある時突然、理由がわからないまま動かなくなることがあるからだ。人間相手でも、何で怒っているのかわからないという場合がままある。でも、そんな時は、わからないと言いながら、あれがいけなかったかなとか、こう考えているのかなと類推できるが、コンピューターの場合は、それができないのが困るのだ。そこで、周囲の誰かにお願いして直してもらった後、どこがどうなっていたのか教えてもらおうとしても、ほとんどの場合、あれこれやってみたら動いたという話で終わってしまう。

とはいえ、確かに便利は便利。仕事上のメールとインターネットでの調べものは、なんと有難い世の中になったものよというほかない。しかし、そこまで。これを持ち歩こうという気にはなれない。

一つは、外を歩いている時は、その場にある情報と接していたいという気持ちだ。商店街を歩いていれば、八百屋さんの店先にマツタケが出始めたとか、あの店からは阪神優勝以来「六甲おろし」のメロディーが流れているところをみると、あのおじさん熱烈なファンだなとわかるとか。くだらないと言えばくだらないが、生活感とはこんなものだろう。どこを歩いていても、視線は携帯電話の画面ということは、今、実際に脚を置いている場所とのつながりがないことになる。

それはまた、周囲にいる人とのつながりもない。最近、電車の乗降時に、できるだけ早くしようという意識なしに、ただ動いてますという行動をする人が増えた。乗降時だけでなくホームや階段の動きも同じ。親指を動かしながら歩くので流れに乗らない人が少なくない。公の場での行動になっていないのだ。

そして、これが重要なことだが、小さい画面にインターネットから得るのは、どうしても情報になる。たとえば、本としてまとまって読んだ時に得られる刺激とそれを基に自分の頭をひねってあれこれ考えてわかってきた時の面白さは、携帯電話でのやりとりとはまったく違う。

携帯電話の便利さは認めたうえで、それが主流になるのではない、じっくり考えたうえで発信する人々のつくる社会であって欲しいという願いから、周囲の人に“持ってないんですか”と冷たい目で見られながら当分このスタイルで行こうと思っている。

中日新聞 2003年10月20日朝刊より

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