マシューのロンドン・マラソン挑戦(前編)
2004年4月18日(日)。ロンドン・マラソンの日がとうとう来た。正式には「フローラ・ロンドン・マラソン」という。大手マーガリン・バター会社フローラ主催のこの大会は、世界各国からの招待選手と一般市民が共にロンドンの街をかけぬけるマラソン大会だ。今年はオリンピックの開催年ということもあり、ここで無理をしてはいけないと、有名実力選手の顔ぶれはほとんど見受けられなかったが、去年はこの大会で、フルマラソン初挑戦のイギリス人女性ポーラ・ラドクリフ選手が世界新記録を誕生させ、話題となった。
日本からイギリスに越して早7ヶ月が経つ。5人のハウスメートとの生活も板についてきた。問題が全くないわけではないが、6人で楽しく毎日を過ごしている。そんな私たちにとって、今年のロンドン・マラソンはちょっとした特別な大会となった。ハウスメートとの一人であるマシューがこの大会に参加することになったからだ。
マシューは気立ての優しい、ちょっとがさつな、誰からも愛されるイギリス人で、大手デパート、マークス アンド スペンサーズに勤務している。毎朝5時45分にシャワーを浴び、6時半には家を出て、ラッシュアワーを避けて出勤し、ラッシュアワーを避けて帰宅する。彼がゲームキューブから少し離れて、ジョギングを始めたのは数年前から。もともとスポーツが特に好きというわけではなかった様だが、ジョギングの距離もスピードも徐々に伸び始め、その魅力にはまっていった。
去年の秋、雑誌にあったロンドン・マラソン参加者募集の広告にマシューは目を留めた。「駄目かもしれないけど・・・」と言いながら、自己最高記録と癌撲滅のチャリティー参加を記入した申込用紙をポストに投函した。この時点で既にマシューは胸を躍らせていた。マラソン嫌いの私には到底理解できないワクワクだったが、ピョンピョン飛び跳ねながら、すぐそばの角のポストに申込用紙を出しに行く彼の姿は本当に微笑ましかった。私はマシューの夢が叶うことを心から祈っていた。
数ヵ月後、マシュー宛に手紙が届いた。何とマシューのロンドン・マラソン参加が決まったのだ。目をきらきらさせて、マシューは大喜びだった。そしてその日から、マシューのジョギングはより真剣さを増していった。1ヶ月前に地方で開催されたハーフ・マラソンにもマシューは参加した。全てはロンドン・マラソンに向けて…。
ロンドン・マラソン前日、マシューは終始水分補給に努め、食事は毎回パスタを食べていた。ジョギングはせず、とにかくリラックスをして、当日に臨む…。その日の晩は以前のハウスメートだったマーティン宅でのカクテルパーティーだった。まさかマシューは一緒に来ないだろうと思っていたが、何と彼はそのパーティーに私たちと一緒に行ったのだ。家を出たのが午後6時半。マーティンの家へ行く前に、近所の店でソフトドリンクと手土産のビールを買い、マーティン宅に到着したのは8時近くだった。パーティーは既に始まっていたが、マシューは自分で用意したソフトドリンクのほかに、2杯くらいカクテルを飲み、マーティンとガールフレンドのポーラがつくった巻き寿司を少し頬張り、10時半までパーティーを楽しんだ。さすがイギリス人、タフだと感心した。帰り道、マシューは次の日のマラソンで気が高揚していて、遠足前日の小学生のようだった。「寝られるかなぁ」と言いながら、11時半頃、就寝した。
マシューのチャリティページはこちら(http://justgiving.com/wooden)
2004年4月19日 加藤恵理奈(ロンドン)