YAMASA言語文化研究所
学生ネットワーク 
Yamasa
センターホームページ

学生ネットワーク

作品投稿

ホームステイ


ニュースレター
バックナンバー
日本的出来事
学生紹介
職員紹介
ジャパンガイド
その他
写真館
ホームページ作品
Eメール
岡崎ガイド
オンライン学校

ご意見をお聞かせ下さい!
投書箱

YAMASA求人情報

前号 -

次号 -

目次

結婚式その2

私は、去年の5月、和式の結婚式に参加したことがありましたが、それは私の日本語の先生の結婚式で、どちらかと言えば、「見学者」という立場で同席したに過ぎないものでした。しかし今回、親しい友達から「友人」という“カテゴリー”で、初めて結婚式に招待され、結婚式から披露宴まで「友人」として同席することができました。新郎新婦ともに日本人で、2年前に私が大学時代の友人を山口県に訪ねた時、そこで初めて知り合いました。その時以来ずっと、お二人ともとても親切にして下さり、私も、学校が休みになる度に時間を工面して、よくお二人を訪ねて行きました。

正式な招待上を受け取ったのは今年の2月の中旬でしたが、結婚することはその数ヶ月前から聞いて知っていました。日本で個人的に結婚式に招待されるのは初めてだったので、結婚式に出たことがある日本語の先生に、式にゲストとして参加するためには、日本の慣習として何をどうすれば良いのか聞きました。まずは招待状に返事をするとき、自分の名前の敬称を二重線で消すこと。そしてご祝儀を準備しておくこと。ざっとこの2点だけ間違えなければ、後は、結婚式当日を待つだけだそうです。ご祝儀の金額は、新郎新婦との間柄や、土地柄などによって異なりますが、一般的には“友人カテゴリー”の関係であれば、20,000円〜30,000円ぐらいが相場だそうです。この時気を付けなければならないのは、紙幣の数は、2で割ることができない奇数でなければ、結婚のご祝儀としては大変失礼なことになる点です。もし金額を20,000円とするならば、1万円札を2枚包むのではなく、1万円札1枚と5千円札を2枚包むようにしなければなりません。そして、使用していない新札を用いることも大切です。こうした常識を知らなかったので、先生から予め教えてもうらことができて、本当に良かったです。

挙式は、2003年4月13日の日曜日でしたが、私は1日早く現地山口県まで行き、お二人と昼食を共にしました。昼食には私の別の友達も同席しましたが、披露宴での催し物に関して企画を手伝ってきた彼は、その催し物の内容について、あれこれと意見を述べていました。そして、披露宴の順で、とても疲れた様子でした。花嫁のお母さんは、彼女に訪ねたそうです。「あなたたち、結婚式を挙げるの、それとも文化祭でもやるつもり?」それを耳にして、私は「さては、何か企みごとがあるのかな?」と予感しましたが、誰一人としてそれが何か教えてくれず、「明日になれば分かるよ」と言うばかりでした。

明けて結婚式当日、私は会場であるホテルへ、友人と連れ立って行きました。ホテルでは正装で身を包んだ人々がたくさんいましたが、私の友達以外にも、今日、同じホテルで挙式するカップルが数組いますので、他の式の来客もたくさん来ています。私たちのグループの受付係は私の友人でもあったので、そこで少し仕事を手伝いました。式に参加してくださる招待客の皆さんは、受付でご祝儀を出し、芳名帳に記帳します。そして、受付係から式次第のパンフレットや、着席する時の席番号、来客用の名札などを受け取ります。たいていの場合、式が始まるまでの間、来客はフリードリンクサービスなどを受けることができます。

式が始まる時間が近づくと、私たちは、チャペルがあるホテル最上階の会場に向かいました。新郎が入場してきた時、今まで一度も見たことがないほど、彼が緊張しているのが見て取れました。それに続いて、父親にエスコートされて花嫁の入場です。式全体は、形式はシンプルなもので、厳粛な雰囲気が漂うものでした。しかしながら、この機会をしっかり思い出に残そうと、あちこちでフラッシュがたかれ、たくさんの人がパチパチ写真を取っていたのには興醒めしてしまいました。普通のカメラはもちろんのこと、デジカメ、さらにはカメラ付きの携帯電話も使って、とにかくたくさんの写真を撮っていました。

式が終わると、場所を披露宴会場へと移し、皆が移動します。披露宴会場の入り口では、新婚夫婦と両家の両親が、招待客に挨拶をするため待っていました。参加者には引出物が手渡され、それぞれ予め決められた席に着席します。披露宴の最初の出し物は、スライドショーで新郎新婦を紹介するものでした。馴れ初めから結婚に至るまでのストーリーはもちろん、ふたりが出会うずっと前、まだ互いが子供だった頃の写真も紹介され、とても楽しいものでした。スライドショーに続いては、職場の同僚や親しい友人が順番にスピーチし、新郎新婦がいかに素晴らしい人たちであるかを紹介していました。そして、乾杯の後、いよいよ披露宴の食事の始まりです。

この時には、日本料理からフランス料理まで、様々な種類の料理が提供されました。私は刺身から手をつけ、それはとてもおいしいものでした。友達によると、山口県産のフグ刺はとても有名で、よくお土産や贈り物に使われるそうです。私も、一度は是非フグ刺を食べてみたいと思っていたし、初めて食べるときにはどんなリアクションを取るのだろうと、ずっと想像してきましたが、長い間の念願がかなった感想は、果たしてどうなものだったと思いますか?実を言うと、どこのスーパーでも売っている普通の刺身と同じ感覚で食べてしまいました。食事会はとても楽しいものになり、皆、存分に食べたり飲んだりしていました。皆が思い思いに食事を進める傍ら、参加者の中には、カラオケで歌を披露して場を盛り上げたり、新郎がバンドと一緒に得意のベース演奏を披露したりしました。そして、最も盛り上がりを見せたのは、新婚カップルが異性の出で立ちに着替え、ふたりで熱々の歌をデュエットしてみせた場面でした。結婚式や披露宴に、当人たちがいかに努力を注いでいるか考えると、本当に驚きでした。

披露宴も終わりに近づくと、センターキャンドルから火を取り分け、新郎新婦がローソクに手を添えあって各テーブルをまわり、それぞれのキャンドルに火を灯し、幸せのおすそわけをしていきます。最後には、新婦から両親宛の手紙が読み上げられ、とても心温まるものでした。披露宴が終わり、退場する時には、会場に飾られていた生花を女性たちは少しずつ取り分けて持ち帰ります。多分、これはブーケを投げる儀式の代わりをなすものだと思います。出口では、入場時同様、新郎新婦とその両親が、感謝の気持ちを込めてゲストが帰るのを見送っています。

私は岡崎に戻る電車に間に合わせるため、足早に駅へ向かいましたので、残念ながら二次会や三次会には参加することができませんでした。二次会、三次会というものは、同世代の親しい友人だけが集まり、披露宴の席ではかしこまって口に出せなかったことを本気で語り合い、よし一層進行を深めるものです。友達の結婚式でもなければ、なかなか普段は皆一緒に集まれないものですから、この時とばかりに、とても盛り上がるようです。この日の三次会は、午前3時まで続いたそうです。

パティー・ロー (YAMASAアドミッション・コーディネーター)

前号 -

次号 -

目次




このサイトは、デクラン・マーフィーとYAMASAの学生、メディア工房のスタッフによって作製・管理されています。
© Yamasa