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野球

1870年代、日本に初めて野球が紹介された。アメリカから持ち込まれ、社会的、文化的、技術的変革を遂げた明治維新後に広まっていった。野球はクラブスポーツとして始まり、最初に生まれたチームは新橋アスレチッククラブという名前だった。学校児童の間で次第にポピュラーとなり、人気は定着していった。そして今では国民的スポーツである。

1934年に東京ジャイアンツがプロとして活動を始め、10年以内には全8チームのプロリーグが生まれた。それは様々な制約の中で第二次世界大戦中も続けられ、戦後の混乱期には進駐軍の後押しもあって、野球の人気はますます伸びていった。

1950年には現在と同じセントラルリーグとパシフィックリーグの2リーグ制となり、この国でのプロ野球はいよいよ本格的なものとなり、その後、王貞治、長嶋茂雄、衣笠祥雄といった看板プレーヤーとともに国民的スポーツとしての人気を揺るぎ無いものとしていった。アメリカ大リーグから助っ人選手がやって来る一方で、この頃になると日本からアメリカへ出て行く選手も出始めた。渡米第1号となったのは1964年から65年にかけてサンフランシスコでプレーした村上雅則というリリーフピッチャーである。彼に続いて何人かの日本人選手が挑戦したが、実際に大リーグで活躍が見られるようになるまでには、1995年の野茂を待たねばならなかった。彼はロサンゼルス・ドジャースと契約を交わし、その独特なトルネード投法で野茂旋風を巻き起こした。その後2、3年の内に8人が大リーグ入りを果たし、シアトルマリナーズでチームメイトでもある佐々木主浩とイチローの活躍はもはや一線級の選手に引けを取らない。

試合の時間制限などいくつかの違いを除けば、日本の野球は概ね大リーグと同じルールで行われる。しかしそれは試合内容までが同じという意味では決してない。競争が激しい大リーグの世界では、1試合に1、2回エラーしただけで次の試合に出られなくなるのは当たり前だ。日本の選手にはまた別のプレッシャーが圧し掛かり、監督が選手の頭を小突いたり、胸を押したりして叱責する光景がしばしば見られる。

日本とアメリカ両方でプレーした経験を持つ選手たちは言う。日本では選手同士あまり話さない。負け試合の後などは、クラブハウスは静まり返り、誰も口を開こうとはしない。服を着替えバスに乗り込み、それでもまだ黙ったままだ。そして試合後に200回、300回も素振りを繰り返す。試合に負けるということはただごとではないのだ。日本の野球はよくビジネスライクだと言われ、なるほど確かに広島カープを除けば全てプロチームは企業が所有している。そして会社組織同様、ご意見番が数々居るものだ。

日本のプロ野球ファンは熱狂的であり、試合の雰囲気は独特のものがある。遠征試合にも駆けつけ、旗を振り鳴り物を奏でてお祭り騒ぎを繰り広げる。太鼓を打ち鳴らし、個々のバッターに対して決まった歌を合唱する。サッカー観戦に馴染みの深い僕にとってはこの光景はいくらか奇異であり、ひいきのチームが攻撃の時だけ応援するのは何だか妙に見える。

日本で一番人気のチームは東京ドームを本拠地とするジャイアンツで、去年の覇者であるばかりでなく、数多くのペナントレースを制して来た。現在のところ今年もトップを走っており、9月頃にはパシフィックリーグの優勝チームと日本シリーズを戦うことになりそうだ。

日本のプロ野球界から眺めると大リーグは長い間別世界のように思えていたが、大リーグ移籍後活躍する選手が台頭するようになってきた。特に最近ではシアトルマリナーズの大魔人佐々木とイチローが目覚しい活躍を見せている。イチローは初めてのシーズンで素晴らしい成績を上げ、オールスターにも参加した。

日本のプロ野球の将来は明るく、およそ10年前にはサッカーのプロリーグが誕生したが、野球の人気は不動のものとなっている。しかし日韓共催のサッカーのワールドカップを間近に控え、サッカー旋風がアジアに吹き荒れれば野球人気も一時的にかげりを見せるかも知れないが、それでもなお野球人気は相変わらず続くだろう。

イチローは日本で野球人気が続く要素に関してこう語った。
「日本は昔から良いものを海外から取り入れて日本流にアレンジし、自国文化の一部として吸収してきたものだ。」

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