YAMASA言語文化研究所
学生ネットワーク 
Yamasa
センターホームページ

学生ネットワーク

作品投稿

ホームステイ


ニュースレター
バックナンバー
日本的出来事
学生紹介
職員紹介
ジャパンガイド
その他
写真館
ホームページ作品
Eメール
岡崎ガイド
オンライン学校

ご意見をお聞かせ下さい!
投書箱

YAMASA求人情報

前号 -

次号 -

目次

服部良男氏
服部良男氏

服部良男所長(財団法人服部公益財団常務理事)

ユアン:「あの・・・、私の新年のボーナスはいつ頃頂けますか?」
服部氏:「とても鋭い質問から始まりますね。お年玉ということですね。ユアンさんは、21世紀の最初の正月にどんなお年玉が欲しいですか????」

ユ:「東京の中心にアパートの部屋を2年間っていうのは大丈夫ですか・・・?」
服:「おやおや、いい度胸だね。気に入った。」

ユ:「それは、大丈夫って意味でしょうか・・・。まあそれはさておき、昨今海外留学がますます一般的になって行く中で、服部公益財団では現在日本語学校を運営なさっていますよね。そしてここの学生さんたちは全て海外留学中という訳ですが、服部さんご自身は海外留学の経験はございますか?」
服:「まず1967年に交換留学生として、アメリカイリノイ州のDecaturという町のハイスクールに一年留学致しました。まだベトナム戦争中で「ベトナム人か?」と良く聞かれました。日本がどこにあるか知らない友人がほとんどでした。1975年に日本の大学を卒業してから、これもアメリカイリノイ州のノースウェスタン大学、Graduate School of Management(現在のKellogg School of Management)で2年間勉強しました。専攻は会計学と財務です。修了と同時にUSCPAの資格をハワイで取りましたが、結局Abbott Laboratoriesという製薬メーカーの国際マーケティング部に就職しました。」

ユ:「留学は良い経験だったと思いますか?」
服:「この高校時代の留学、ビジネススクールでの経験が私の人生に大きな影響を与えることになりました。まず高校での一年間の生活は、Kruzanという高校の音楽の先生の家庭にホームステイをさせていただきました。大変躾が厳しい家庭で、ベッドメーキングから教会での日曜学校まで、初めて世界に出た15歳の高校生にとっては驚きの連続でした。この一年間で学んだことは、自立と自己表現をしないと、アメリカの社会では認めてくれないということが一番でした。日本の大学の理工学部を卒業後、ビジネススクールに入学しました。ここでビジネスの世界で競争することの全てを学び、絶対に「負けない」精神力と、成功したいという想念が重要であることを学びました。また、この時にアメリカという国、社会、そして各国からの友人との出会いから得たものを是非次の世代に還元したいということが、YAMASA言語文化研究所を設立した動機です。」

ユ:「どんな外国語をお話しになりますか?」
服:「英語と中国語です。中国語は、1980年代に岡崎で台湾に服部グループの会社を作るために個人レッスンを受けました。約一年間勉強しましたが、台湾を一人で旅行できるくらいのレベルです。」

ユ:「服部公益財団の運営に関わってどれくらいになりますか?」
服:「服部公益財団へは、1983年に理事に就任しました。そして1998年に常務理事に就任しました。」

ユ:「財団のこれまでの沿革について簡単に教えて下さい。」
服:「服部公益財団は、1919年私の祖祖父である初代の服部太郎吉が地域に服部工業株式会社で得た利益を還元する目的で作ったと聞いています。そのきっかけは、服部太郎吉がキリスト教の宣教師が岡崎に来た時に聞いた講話だと聞いております。当時の寄付行為は、「本法人は、失業者の保護、事業資金の無利子貸与、公益及び教育事業の施設並びに助成、其の他の慈善救済の為に微力致し兼て寄付者の子孫ヲして、永久にその志を継承せしむるを以って目的とす。」とあります。即ち服部太郎吉の子孫は、失業者や事業を失敗した者の救済、教育事業やその助成を未来永劫続けなければならないということであり、1933年には、その当時秋の稲刈りに幼児・子供を預かるめぐみ保育園を設立しました。そして1938年までは、現在の県立岡崎工業高校の経営をしていました。私はその創設者から見ると第4代目であります。」

ユ:「財団が目差しているものは何ですか?活動の中心は何ですか?」
服:「21世紀は、企業とNPOの両輪で社会が豊かになっていくと思います。日本でも昨年来NPO(非営利団体)の設立が簡単になり、法律上、税務上の恩典も考えられるようになりました。1919年服部太郎吉が考えた遺言を、21世紀につなげて行きたいと願っています。」

ユ:「服部公益財団がYAMASA言語文化研究所を設立した経緯を聞かせて下さい。」
服:「先ほどの質問で答えたように、私が海外留学で受けたいろいろな恩を、これから日本に留学したいと願う若い21世紀の青年に還元したかったからです。日本語の世界への普及を通じて、国際交流、国際理解に貢献したいと願っています、」

ユ:「財団が他に行っている活動を教えて下さい。」
服:「現在は、めぐみ幼稚園は服部公益財団から分離独立して学校法人服部学園になっていますが、他にはこのような活動をしています。

1) YAMASA言語文化研究所の経営
2) YAMASA言語文化研究所の奨学金:本年は、3名
3) こどもたちに対する教育支援:幼稚園、小学生を中心にした、音楽(オルガン)教室、体操教室、サッカー倶楽部、英語教室と託児室の運営であります。
4) 地域の公益活動への経済的支援:今年度は、児童養護施設・盲児施設、米山寮への寄付
5) 海外の公益活動への経済的支援
6) 本年度は、カンボジアに小学校を作るプロジェクトへの寄付。
などであります。」
ユ:「YAMASA言語文化研究所の将来にはどのような計画がありますか?」
服:「日本語教育に関しては、教育施設の充実と、岡崎に来ることの出来ない学生に対しても遠隔教育で出来るだけ日本語の勉強の出来る機会を提供したいと願っています。2001年の4月からインターネットでの遠隔教育を開始します。また、服部公益財団や其の他のハットリグループの企業と連携して、日本でビジネスを立ち上げたいと願う海外の起業家を支援するインキュベーションなどのプラットフォームを運営して、この地からベンチャービジネスを立ち上げたいと願っています。是非皆さん、日本で起業される時は、岡崎そしてYAMASA言語文化研究所を忘れずに。」

ユ:「実は、私がここに来て以来ずっと気になっていたことがあるのですが、YAMASAIIビルの5階には、どなたかが実際にお住まいなのですか?夏にデッキチェアーを持って上がってもいいですか?」
服:「私の親が住んでいます。残念ながら父親は2年前に亡くなりました。今年の夏に招待します。一緒にビールを飲みましょう。」

ユ:「今日はお忙しいところどうもありがとうございました。夏を楽しみにしています。良いお年を。」
服:「こちらこそ。良いお年を。」

前号 -

次号 -

目次




このサイトは、デクラン・マーフィーとYAMASAの学生、メディア工房のスタッフによって作製・管理されています。
© Yamasa