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姫路城

今回もまた引き続き日本の世界遺産を取り上げます。

姫路城は、兵庫県姫路市(神戸の西約50km)の中心にあります。日本を代表する最も完成された城郭建築であり、木造城郭建築群と石造りの城壁・白色の土塀から構成される構造が最もよく残っていること等が認められ、1993年に世界遺産に登録されました。姫路城がつくられた17世紀初頭の日本は、将軍や大名が統治する封建制の時代で、大名達は自らの権力を誇示するために大規模な城郭を競って築いていました。姫路城は現存する最大の城郭建築であり、その壮麗な意匠はその時代の特質をよくあらわしています。この時代の日本文化を理解する上で貴重な遺産といえます。

姫路城は白漆喰で塗り固められた白壁を持つため、白鷺城の別名を持っています。白漆喰の壁は見た目に美しいばかりでなく、防火にも適し、城の防御力を高めているのです。木造建築にとって、防火は非常に重要な要素でした。また白漆喰は強固な補強材でもあり、壁のみならず、軒から柱に至るまでほとんどの外面を白漆喰で塗り固められています。当時の関西地方では白漆喰の原料となる石灰が大量に産出されたため、白い天守閣は、西日本の城の特徴にもなっています。

最初にこの地に砦を築いたのは、佐用郡や上郡町で力を誇っていた赤松則村だといわれています。鎌倉時代末の1333年、赤松則村は後醍醐天皇の親王護良親王(もりながしんのう)から「政治を天皇の手に戻すため、鎌倉幕府を倒せ。」との命を受け、京に兵を進める途中、姫山に城の縄張りを定め、一族の小寺頼季(こてらよりすえ)に守らせたのが始まりとされています。その後、赤松則村の子貞範が1346年に城を構えました。姫路城が現在目にすることができる姿になるより、さらに250年前です。1543年にポルトガルより鉄砲が伝えられると、日本の城は城塁を高くし、技術の発達も手伝って豪放雄大な傾斜をもつようになりました。そして鉄砲を発射する小窓、鉄砲狭間も備えるようになっていきました。

1581年、豊臣秀吉がこの地に三層の天守閣を持つ城を築きました。豊臣秀吉は、幼い頃の名前を日吉丸(ひよしまる)といい、農民の子から身をおこし、戦乱の時代を統一して、日本の国を治めましたが、姫路城を築いた頃はまだ織田信長の家来の一人として天下統一を目指す信長の命令で各地の武将と戦っていました。戦国時代のこの頃、播磨の国でも赤松氏の力が衰え、別所氏、小寺氏など何人もの武将が国を分け合っていました。そして、東の織田氏と西の中国地方で力を誇っていた毛利氏との間に挟まれ、生き残るためにどちらに味方するべきか、頭を悩ませていました。そこへ小田方の武将として播磨に乗り込んできたのが豊臣秀吉です。1577年のことで、秀吉は、早くから信長の味方につき、お互いに心を許しあっていた黒田孝高に迎えられました。秀吉は孝高の力を借り、多くの武将を織田方の味方につけますが、やがて毛利方につく武将が次々と現れたため、秀吉は御着城、三木城、英賀などを攻めました。そして1580年、播磨はようやく平定され、秀吉の支配下に入りました。

姫路城は戦国時代末期、豊臣秀吉によって大改修され、池田輝政の代に拡張構築されました。さらに本多忠政が現在の姿に完成させました。忠政の子忠刻(ただとき)には、家康の孫千姫の嫁がおり、この時に化粧櫓が建てられました。

姫路城は完成以来、戦争、地震、台風などから、比較的大きな被害を受けることなく難を逃れてきました。老朽化のため、1934年には西の丸修理を皮切りに修復工事が行われ、1956〜64年にかけての大天守、小天守、それらを結ぶ渡り櫓の修復工事、いわゆる「昭和の大修理」も施されました。1995年にこの地方を襲った阪神淡路大震災に耐えられたのも、この修復工事があったからこそでしょう。長い歴史の中で一度も戦や火災に巻き込まれることなく、多くの人々の努力と熱意によって保存・整備されてきた結果、貴重な世界遺産として現在もその美しい姿を留めているのです。

姫路城所在地:兵庫県姫路市本町68番地
問い合わせ:TEL 0792-85-1146
入城時間:09:00 - 16:00(17:00閉門)
但し6月〜8月は09:00 - 17:00(18:00閉門)
休城日:12月29日 - 31日
見学所要時間:約1時間30分
交通:・JR姫路駅下車徒歩15分
・中国自動車道「福崎」から
播但連絡道「砥堀」を経て国道312号線を姫路市街へ

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