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滝山寺

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本堂
本堂
岡崎の北に位置するこの寺の歴史は遥か7世紀後半にまで遡る。 山で隠遁生活を送っていたある修験者が時の天皇、天武天皇(在位673−686)の勅命によって建立したものである。

当初建立されてからの200年間、ここには薬師如来がまつられ、吉祥寺とも称されていた。当時の造りは木と萱といった至って質素なものであったらしい。残念ながら、当時のまま今に遺されたものは何一つ存在していない。

その後の数百年間は、改革の時代、奈良時代を迎え、地元民にとっての崇拝の中心はここ吉祥寺となった。今日我々が目にすることの出来る寺は寛伝という名の僧によって建立されたものである。この寛伝は鎌倉幕府を築いた時の将軍源頼朝(1147-1149)の従兄であった。頼朝の一周忌の際、寛伝はここに禅寺(惣持禅院)の建立に着手し、そこに奉られている観音像の胎内に頼朝の遺髪と歯を納めたと伝えられている。

現在、この寺の本堂は鎌倉時代(1192‐1333)の完全なる建築様式の遺産として有名である。1222年にこの様式への再建がなされた。

本堂
鬼祭りは毎年2月にここ滝山寺で行われる祭りで、陰暦の正月にあたる2月7日に一番近い土曜日に執り行われている。祭りの最後の部にあたる火祭では12歳、25歳、42歳の男子(厄男)の厄除け祈願も含まれ、各歳1名ずつ選ばれた者は本堂で執り行われる儀式に参加する。

3名はそこで儀式用の面−42歳の男子には祖父面、25歳の男子には祖母面、12歳の男子には孫面をつける。そして、30名の年男(祭りの行われる年の干支と同じ干支の年に生まれた男子、2001年は巳年、普通は成人男性が参加) も松明をもってその儀式に参加する。この祭りは春の訪れを告げる伝統的な宗教儀式として三河地方では有名である。

滝山寺には鎌倉時代の建築様式をもつ本堂、三門、そして将軍頼朝を偲び、彼の等身大に作られたという聖観音像などを含む数多くの国の重要文化財がある。

本堂
三門に足を運んでみよう。この門は現在、本堂からかなり離れたところに位置しているが、それはこの寺が以前どれほど大きいものであったかということを物語っている。この門は1267年、飛騨(現在の岐阜県は高山地方)の匠藤原光延によって建立された。巨大な屋根すらも一寸の狂いなく完璧な形で造られていた。

本堂
この門は木と漆喰から出来ており、朱で彩られている。屋根の軒裏に目をやると、四つ角にはそれぞれ小さな魔除の動物が見られる。(拡大写真)

本堂
門入り口で守衛するのは仁王像と呼ばれる2体の木造像である。門の右側(写真)に立つ像は阿形(阿は全事象の始まりを表す。アルファベットも同様 )、左側に立つ像は吽形(吽は全事象の終わりを表す。オメガのようなもの)と呼ばれている。

それぞれの像は287センチメートル(約113インチ)あり、15世紀前半に彫られた。残念ながら、この仁王像は損傷や破壊を免れるためワイヤー張りで保護されており、本当に間近で見ることは不可能である。祭りの際には寺の僧侶らによって編まれた新しい草鞋が仁王像の前に掲げられる。

本堂
建立の際、構造上の欠陥が多少あるのは当然のことであった。「美しきものは必ず滅びる」という迷信があり、また[満ちれば欠けるが世の習い」との迷信もあったため、この完璧な仕事を見ていた人々の間で飛騨の匠にも必ずやどこかに失陥があるはずだと囁いていたのだった。

しかし、梁の一つ、もしくは数箇所がどうやら逆さまらしいという噂がたち、飛騨の匠藤原光延もこの失敗を認めたらしく、それを恥じた光延は自害したという。その後、自害した場所では毎年椿が花を咲かせるのだが、実をなすことは一度もないという。今も三門の左脇には彼をまつったと伝えられる塚がのこされている。

本堂
滝山寺の本堂に並ぶは滝山東照宮である。この神社は時の強盛なる3代将軍徳川家光によって1646年に建立された。滝山東照宮は日光、久能山の東照宮と並び日本の三東照宮のひとつに数えられている。1953年、本殿、拝殿、幣殿、中門、鳥居は国の重要文化財に指定された。

本堂
滝山東照宮は滝山寺本堂の東側の最も高いところに位置し、東照宮独特の鮮やかな色使いは見ものである。その荘厳な雰囲気と、徳川家代々継承の岡崎城主が寄贈した50もの石灯篭からは当時の徳川将軍治世の強大さをうかがい知ることができる。滝山東照宮は1969年より文化庁により再建され、滝山東照宮、そしてより歴史の古い鎌倉時代より続いた滝山寺の両修復がなされた。しかし、その様式は今もな鮮やかに残されている。

東照宮の裏手には奥の院に続く小道がある。その標識によると、

滝山寺

滝山寺

「水にその身を変じた薬師如来の霊力が宿る水」がその大意である。森を通る遊歩道を300メートルほどいくと、そこには小さな祭壇もある。

本堂 本堂

アクセス: 名鉄バス上米河内行き滝山寺下バス停下車、徒歩10分。バス停からは左手へ向かって歩く。電話0564(46)2296(滝町)

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